七十七銀行:金融資料館 The The 77BANK CYBER CURRENCY and BANKING MUSEUM


銅・鉄の産地と鋳銭場

金・銀・銭(ぜに)(銅)の三貨を使っていた江戸(えど)時代に、貨幣(かへい)は「座(ざ)」と呼ばれる特権を持った町人たちによって、大判座と金座、銀座、銭座(鋳銭座(いせんざ))で鋳造(ちゅうぞう)されました。
金・銀以外の金属貨幣の鋳造は地方でも許されることが多く、諸藩は、幕府から許可を得て多くの銭貨を鋳造しました。
銅・鉄の産出に恵まれた東北地方では、上方(かみがた)(関西地方)の銀、江戸の金に対して銭貨が中心となり、物産も銭貨で売買されました。宮城(みやぎ)県の銭座(鋳銭座)は、原材料の銅・鉄・燃料・製品の出入りに便利な石巻(いしのまき)に置かれ、「鋳銭場(いせんば)」と呼ばれました。
1728(享保13)年以降、明治維新まで断続的に鋳造が続けられました。銅一文銭などの比較的質の良い銭貨も造られましたが、やがて質の落ちる鉄一文銭を多く造るようになりました。




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