七十七銀行:金融資料館 The The 77BANK CYBER CURRENCY and BANKING MUSEUM


現存する世界最大の金貨




天正長大判
1592年(文禄元)年以降
豊臣秀吉(とよとみひでよし)が彫金師の後藤家に命じて作らせた天正長大判は現存する世界最大の金貨です。
その長径は約17.5cm、短径は約10.2cm、表面積は約150.5cm2もあります。 天下を統一した秀吉は、全国の鉱山を直接支配し、新たに大小さまざまな金銀貨を鋳造しましたが、これは徳川幕府による貨幣統一の先駆けとなりました。



金融資料館の見どころ&蘊蓄(うんちく)
日本で鋳造された大判金
日本で鋳造された大判金は、天正大判、慶長大判、元禄大判、享保大判、天保大判、万延大判の6種類です。これらの大判のうち、慶長大判、享保大判などの実物を当「金融資料館」に展示していますので、一度ご覧下さい。


わが国最初の産金は宮城県涌谷町
黄金のことが国史に最初に現れるのが、聖武天皇の749(天平21)年で、「続日本紀」に「陸奥初めて黄金を貢す」と記録されています。そして奈良東大寺の大仏建立に、陸奥小田郡産出の黄金九百両が使われました。「小田郡の産金」という国家的大慶事を、万葉集の歌人大伴家持は「天皇の御代栄えむと東なるみちのく山に金花咲く」と詠んでいます。この「陸奥小田郡」は現在の遠田郡の東半、涌谷町に該当します。
以降、わが国では各地で金を産出するわけですが、有名なマルコ・ポーロの「東方見聞録」には、「中国の東方1500海里の海中に島があって、その国王は純金の宮殿に住んでいる」と、日本が金を無尽蔵に産出する国として紹介されています。そしてこの日本に関する記述がヨーロッパ人の関心をあおり、結果的にコロンブスの新大陸発見を招いたことは有名な話です。Japan(ジャパン)は「東方見聞録」では「Cipangu」と記されており、これが転化したものとされています。


(資料協力:日本銀行金融研究所貨幣博物館)

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