日本で最初の額面表示金貨
露
(つゆ)
(碁石金
ごいしきん
)
一両金
二分
(ぶ)
一朱金
一分朱中糸目
(しゅなかいとめ)
金
角一分金
吉一分金
戦国時代随一の産金地甲斐国(山梨県)を領有していた武田氏が鋳造・発行した甲州金が、日本で最初の額面表示金貨です。通用価値は重量を基準とし、額面金額として表面に打刻されていました。その額面単位は4進法・2進法により右のように定められていました。
両=約15グラム
分=1/4両
朱=1/4分
朱中=1/2朱
糸目=1/2朱中
小糸目=1/2糸目
小糸目中=1/2小糸目
金融資料館の見どころ&蘊蓄
(うんちく)
「びた一文」の「びた」って何?
奈良時代から平安時代にかけて朝廷が発行した「皇朝十二銭」の鋳造が停止してからしばらくの間、日本国内では貿易を通じて大量に流入した渡来銭(中国銭)が貨幣として使われていました。ところが室町時代以後、それらだけでは経済の拡大と貨幣の需要に対応できず、渡来銭を真似て鋳造した私鋳銭もあらわれたのです。
私鋳銭の多くは、渡来銭と比べて品質が劣っていました。また、渡来銭も長年の使用にともなって、品質の低下がみられるようになりました。それらは品質の良い「良銭(精銭)」に対して「悪銭(鐚鉄=びたせん)」として区分されました。「びた一文」の「びた」とは、この「鐚鉄」のことです。鐚銭という言葉は、重ね合わせるとびたびたと音がしたことに由来したそうです。
(資料協力:日本銀行金融研究所貨幣博物館、大蔵省印刷局記念館顧問 植村峻氏)
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