七十七銀行:金融資料館 The The 77BANK CYBER CURRENCY and BANKING MUSEUM


大蔵卿大隈重信から宮城県権令への布達書

明治政府は、廃藩置県(はいはんちけん)を実施した際、華士族(かしぞく)の反発を和らげるため、それまで諸藩が支給していた俸禄(ほうろく)を、政府が肩代りして支給することを約束しました。しかし、この制度が財政を圧迫することになったため、1876(明治9)年4月、政府は、法律を定めて、俸禄支給を廃止する代わりに、金禄公債(きんろくこうさい)を士族に与えることにしました(秩禄処分)(ちつろくしょぶん)。この法律が金禄公債証書発行条例です。この条例の第109号で、金禄公債の譲渡や質入は禁止されていましたが、1878(明治11)年の法律改正により、第109号は消滅することになりました。 当「金融資料館」には、この第109号消滅の前年、1877(明治10)年3月に、大蔵卿大隈重信(おおくらきょうおおくましげのぶ)が宮城県権令宮城時亮(ごんれいみやぎときすけ)にあてた布達書(ふたつしょ)を展示しています。 この文書は、金禄公債証書発行条例の改正が予定されており、いずれは、金禄公債を資本として国立銀行の設立が可能となる旨を内密に布達したものです。

大蔵卿大隈重信から宮城県権令への布達書 1877(明治10)年3月

訳文
今般(こんばん)(天皇・政府が)御発行なされた金禄公債証書をもって国立銀行を創立したい望みの者が各地方においてもちらほらいる様子は聞こえているが、右は昨年(明治九年)の太政官(だじょうかん)第百九号御布告の趣意(しゅい)もあるので、本来ならば目下(もっか)創立のことは聞きとどけがたい筈(はず)ではあるが、国立銀行は通貨や財物の流通の媒介(ばいかい)であり、工芸を開き物産を興(おこ)すような、すなわち授産のために良い計画であるのはもちろんのこと、昨年第百九号の御布告などもつまりは将来(家禄(かろく)を失った武士が)財産をなす道を失わないことを(天皇・政府が)深く考慮なされたわけであるので、追々(おいおい)、下げ渡した金禄公債証書をもって国立銀行設立を志願する者には許可になる筈であることを、地方官は心に留めておくよう、この旨(むね)を内密に布達する。

明治十年三月十四日 大蔵卿大隈重信(押印)
宮城県権令(ごんれい) 宮城時亮(みやぎときすけ)殿


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