1852(嘉永5)年〜1925(大正14)年 宮城県黒川郡大谷村(現大郷町)出身 1878(明治11)年、遠藤敬止とともに、第一国立銀行から、第七十七国立銀行へ転身し、創業時の礎を築き上げました。1882(明治15)年、東京支店設置の際、東京に転勤しました。1890(明治23)年、大野が支店長のときに、不況で株の暴落が続く東京株式取引所の救済融資を行い、取引所の危機を救いました。このときの融資によって、第七十七国立銀行と取引所のきずなが、より強められました。
(三代広重(ひろしげ))