七十七銀行:金融資料館 The The 77BANK CYBER CURRENCY and BANKING MUSEUM


東京支店の開設

第七十七国立(こくりつ)銀行は1878(明治11)年12月に営業を開始し、3年半後の1882(明治15)年7月、日本橋(にほんばし)・南茅場町(みなみかやばちょう)に初めての支店である東京支店を開設しました。宮城(みやぎ)の地方銀行がいち早く東京支店を設置したのは、東京に運ばれた宮城の特産物である米を、すみやかに現金化する必要があったためなどです。日本橋付近には米穀(べいこく)の取引(とりひき)を行う米商会所(こめしょうかいじょ)や株式取引所などがあり、同様の理由で他県の地方銀行も競(きそ)って東京支店を近辺に設けました。その中でも第七十七国立銀行は早期に支店を開設し、その後の不況(ふきょう)や銀行の解散、統廃合(とうはいごう)などの続く時代を乗り越え、今日に至(いた)っています。この東京支店開設にあたって、渋沢栄一(しぶさわえいいち)が、さまざまな力添えをしています。
第五代頭取(とうどり)
大野清敬(おおのせいけい)

1852(嘉永5)年〜1925(大正14)年
宮城県黒川郡大谷村(現大郷町)出身


1878(明治11)年、遠藤敬止とともに、第一国立銀行から、第七十七国立銀行へ転身し、創業時の礎を築き上げました。1882(明治15)年、東京支店設置の際、東京に転勤しました。1890(明治23)年、大野が支店長のときに、不況で株の暴落が続く東京株式取引所の救済融資を行い、取引所の危機を救いました。このときの融資によって、第七十七国立銀行と取引所のきずなが、より強められました。


東京名所兜町米商会所鎧稲荷祭礼之真図
(かぶとちょうこめしょうかいしょよろいいなりさいれいのしんず)

(三代広重(ひろしげ))


第七十七国立銀行が最初に
東京支店を置いた明治時代の渋沢倉庫


(資料協力:GUS MUSEUMがす資料館)

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