明治政府は、禄制の改革と並行して、士族に職を与え、生活を安定させようと努めました。その方策として、政府は俸禄(ほうろく)の代わりに支給した「公債」(こうさい)を資本とする国立銀行の設立を認めました。
こうしたなか、宮城県では、1878(明治11)年2月20日、士族氏家厚時(うじいえあつとき)他5名より大蔵省紙幣局長あてに国立銀行の創立願書が提出されました。
同年4月26日、銀行創立願は許可され、「第七十七国立銀行」の名称が与えられました。これは、全国の国立銀行153行(こう)の77番目にあたり、現在の株式会社七十七銀行の商号の由来(ゆらい)となっています。こうして、同年12月9日には、営業開始の運びとなり、初代頭取には氏家厚時が就任しました。 |
 初代頭取 氏家厚時(うじいえあつとき) (秀之進)(ひでのしん) (明治維新当時の女流画家 渡辺幽香画) 1817(文化14)年〜1900(明治33)年 |