七十七銀行:金融資料館 The The 77BANK CYBER CURRENCY and BANKING MUSEUM


七十七銀行の誕生と初代頭取氏家厚時

明治政府は、禄制の改革と並行して、士族に職を与え、生活を安定させようと努めました。その方策として、政府は俸禄(ほうろく)の代わりに支給した「公債」(こうさい)を資本とする国立銀行の設立を認めました。
こうしたなか、宮城県では、1878(明治11)年2月20日、士族氏家厚時(うじいえあつとき)他5名より大蔵省紙幣局長あてに国立銀行の創立願書が提出されました。
同年4月26日、銀行創立願は許可され、「第七十七国立銀行」の名称が与えられました。これは、全国の国立銀行153行(こう)の77番目にあたり、現在の株式会社七十七銀行の商号の由来(ゆらい)となっています。こうして、同年12月9日には、営業開始の運びとなり、初代頭取には氏家厚時が就任しました。

初代頭取 氏家厚時(うじいえあつとき)
(秀之進)(ひでのしん)
(明治維新当時の女流画家 渡辺幽香画)
1817(文化14)年〜1900(明治33)年


第七十七国立銀行創立願書 1878(明治11)年2月
訳文
銀行創立願
私共の儀
明治九年八月の太政官(だじょうかん)第百六号御布告の国立銀行条例を遵守し、宮城県下第二大区七小区陸前国(りくぜんのくに)宮城郡仙台大町二丁目七十七番地において、資本金二十万円の銀行を創立したく、右条例により当地にあてはまらないこともないと存じますので、右の金高をもって創立のこと御聞き届(とど)け下されたく、この点、連印をもって御願い申し上げます。以上。
明治十一年二月廿日
 宮城県下陸前国第二大区六小区清水小路二十四番地
    士族時徳父隠居(ときのりのちちいんきょ)
        氏家厚時(押印)
 同第三大区八小区遠田郡不動堂村八十七番地
    士族
        後藤充康(みつやす)(押印)
   同第二大区六小区東二番町三十番地
     士族
        中島信成(のぶしげ)(押印)
   同第二大区十四小区郷六村七番地借舎(しゃくしゃ)
     士族
       松前広致(押印)
   同第四大区十二小区北方村三百十番地
     士族
       亘理隆胤(たかたね)(押印)
   同第二大区三小区高柳村二十番地
     士族
     従五位 増田繁幸(はんこう)(押印)



紙幣局長 得能良介(とくのうりょうすけ)殿

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