銀行誕生の前夜
長く続いた武士の政権の崩壊
(ほうかい)
により、明治政府はこれまでの封建
(ほうけん)
時代の諸制度を変革し、近代的な市民社会の形成と国民経済の成立をめざしました。そのために、近代的な諸制度の整備をはかり、欧米
(おうべい)
に学んで新しい生産様式
(ようしき)
を導入し、富国強兵
(ふこくきょうへい)
・殖産興業
(しょくさんこうぎょう)
を合言葉
(ことば)
に先進諸国に追いつこうとしました。
宮城
(みやぎ)
県でも、政府の意を受け、歩調を合わせて殖産興業に努めました。米作を中心とした農業が主な産業でしたが、商工業も仙台
(せんだい)
を中心に発達しつつあり、優
(すぐ)
れた工芸品なども産出されていました。特に、輸出生糸
(きいと)
の増産のための養蚕
(ようさん)
・製糸
(せいし)
技術の向上がはかられました。
陸前国仙台版籍調
(りくぜんのくにせんだいはんせきしらべ)
1869(明治2)年
仙台藩家臣
(かしん)
に与えられた新禄
(しんろく)
「仙台市史」九より作成
第1回内国勧業博覧会行幸之図 1874(明治7)年
(ないこくかんぎょうはくらんかいぎょうこうのず)
殖産興業を旗印に東京上野で開催
小松機業場
仙台製糸場
旧仙台藩士ら3名が書店を開業するにあたっての規約
1875年(明治8)年
(資料協力:仙台市博物館、仙台市歴史民俗資料館)
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